炭鉱への想い――菊地正男展(6/1~6/15,2003 平サロン)を見て

杉浦友治(いわき市立美術館学芸員)

1930年東京生まれの菊地正男は、戦後間もない頃、親とともに好間に移住し、大手資本の炭鉱で働きながら、油絵に取り組み始めた。
1959年炭鉱の合理化にともない退職してからは、東京に戻り、絵画教室の講師などを務める傍ら、二紀展への出品を続けている。上京の年に「炭鉱風景」が初入選し、それ以降、「水門」、「鯉のぼり」、「かっぱ」などの題材をシリーズ化させ連続入選を果たす。
1994年からは、30数年ぶりに炭鉱を題材にし始めている。

今回の展覧会の中心を占めたのは、二紀展にこの10年ほどの間に出品された、炭鉱をモチーフにした100号の油絵12点で、会員賞を受賞した「追憶」などが展示された。
これら炭鉱が描かれた作品は、現場に立ち、目にした光景を写すというようなタイプの風景画ではない。例えば、「北電350」や「父と子」で描かれているような、子供が坑内に入ったり、トロッコに乗ったりすることは実際にはありえない。自分が炭鉱で働いた体験や、そこでの生活の記憶を基に、家族の問題などが織り交ぜられながら、独特なイメージが展開されている。そのイメージは、薄塗りだが明暗をていねいな筆致で描き込むスタイルにより、重厚感あるものになっているのが特徴的である。

ところで、筆者は炭鉱の現場やズリ山のある風景を直接的には知らないが、炭鉱が描かれた作品には暗い調子のものが少なくないという印象を持っていた。例えば、それは、好間の炭住で生まれ育ち、炭鉱の写真でデビューした写真家・鈴木清が、「炭鉱は事故の起きるたびに、社会問題としてクローズアップされ、その時だけ僕た
ちの意識にのぼってくる」と指摘したことと無関係ではないのかも知れない。菊地も「どんな事故があるか分からない。太陽がまた見られるか、毎日不安だった」と語っている。だが、彼の作品には、そうした暗さよりも、ある種のあたたかい雰囲気が私には印象的であった。画面には、炭鉱で過ごした時間が確かに良い時代であったことを菊地が懐かしんでいる調子が感じられたのだ。 それは、30年以上の時間的隔たりや人生の晩年期ゆえに、昔のこ
とが良い思い出として美化されて行ったことのあらわれとして片付けられることではあるまい。菊地は「炭鉱での人間関係は良かった」と回想する。また、「昔、炭鉱にいた人で、炭鉱のことを悪く言う人はほとんどいない」ということも聞く。死と隣り合わせの危険な環境ゆえに、皆がお互いに助け合いながら生きていったのだろう。そうした濃密な人間関係は、家族間でさえ希薄になりがちな現代において、得がたい体験として思い出されたに違いない。菊地が描く炭鉱の世界には、彼自身の人柄のあたたかさとともに、実際に炭鉱で働き暮らし、そこでの充実感を持っている人でないと描けないような生のあたたかさが反映されているように思われる。そうした所に彼の作品のリアリティーがあり、炭鉱が外からの視点で描かれた作品では表現されえないような、貴重な一面が捉えられている作品と言えるであろう。
なお、今回の出品作のうちの6点が、好間一小や好間商工会などに寄贈されることになったらしい。菊地の作品には、当事者ならではの炭鉱の記憶を伝えようとする強い気持ちや意図が画面に窺えるのも特徴のひとつである。そのことからしても、彼が育った原点とも言える好間に、絵画が残るのは大変すばらしいことだ。地元とは
言え、炭鉱の痕跡がなくなっていく中で、あるいは炭鉱を全く知らない世代が育ってきている中で、菊地の絵画は、ひとつの記憶を伝えていくことだろう。
昔、炭鉱で働いた人、炭鉱を遠くから眺めていた人、あるいは炭鉱を全く知らない人。菊地の絵画は様々な人々によってどのように受け止められるのだろうか。       (2003、6、24)

お礼のご挨拶

2003年6月16日

「炭鉱(やま)への想い 菊地正男展  賛助出品 米倉昭一・熊坂行夫」は 私どもの予想をはるかに上回る多くの方々においで戴き 昨15日 無事終了いたしました。
会場に見えた方は791名(プログラム配布枚数)、うち芳名簿に記名して下さった方は533名でした。
多くはいわき市内の方でしたが、中通り・東京方面から見えた方もおられました。
菊地正男さんも 東京でのご予定でお忙しい中 9日間 会場に来て下さいましたが、多くの方々とお話され 今後の制作について 得るものがあったと 喜んで下さっていました。
尚、この地と縁の深いこれらの作品が 会期の終了とともに この地で見ることが出来なくなることを残念に思い 菊地正男さんとご相談しましたところ ご理解戴きましたので、6点を残し、この地の方々が 何時でも気軽に見て戴くことが出来ることになりました。
残していって下さる作品と 置かれる場所は 以下のとおりです。
「追憶」   100号 好間第一小学校(二紀会会員賞受賞作)電話 0246-36-2202
「はじまる」 100号 好間商工会             (準備中)
「父と子」  100号  同上
「三番方入坑」       同上
「父をまつ」  30号 いわき興産㈱            電話 0246-36-2106
「昭南橋」  100号 古河機械金属㈱いわき工場      (現在 東京)
会の開催・運営にあたり 多大のご支援を戴きましたこと 厚くお礼申し上げます。 ありがとうございました。

ご 挨 拶

財団法人 東部石炭懇話会

炭鉱は その独特な光景が 多くの画家の関心を呼び、戦後だけでも 例えば佐藤忠良さん 向井潤吉さん 中谷泰さんなど 多くの画家がいわきを訪れ 作品を残しています。
又、地元にも 炭鉱を画題に選ばれた多くの画家が 多くの創作をされています。
中には 炭鉱に勤務しながら 炭鉱を画題とする画を描いておられた方もいらっしゃいます。

しかし 社会人第一歩を炭鉱で歩み始め、その後 坑内労働をしながら画家への道を歩みはじめ、その後 いわきの土地を離れて30年以上画家としての仕事をされながら、突如 炭鉱時代の心象を画題として呼び出し 作品を創っておられるという方は 寡聞にして存じ上げません。

常磐炭田は 幕末以来の日本の産業化、そして戦後の復興の過程で それなりの役割を果たしました。
と同時に ここで働いた数万の方々は この地で働き 自らの生計を維持し 子供を育てる傍ら、スポーツ・文化等 様々な面で この地を豊かにしてこられました。
今回 その お一人として 菊地正男さんをご紹介できることを 旧炭鉱関係者として ありがたく思っています。

ホームページ「常磐炭田ネットワーク」の仕事の中で 菊地さんの存在を知り 是非 菊地さんが「画家への道を出発」されたいわきの地の皆様に 菊地さんの独特な絵を ご覧戴きたいと思うようになりました。
さまざまなことに想いを巡らしながら ごゆっくりご鑑賞下さい。

(連絡先 0246-43-3111         03-3663-3414)

会 場  いわき市平二丁目 平サロン (電話 0246-25-9154)
会 期  6月1日(日)~15日(日)   10時~6時(最終日 4時)
賛助出品 米倉昭一 熊坂行夫
協賛 古河機械金属㈱いわき工場・いわき興産㈱
後援 いわき市教育委員会・いわき市石炭化石館
福島民報社・福島民友新聞社・いわき民報社

経  歴

1930 東京に生れる
1945 12月 福島県石城郡好間村小館 古河好間炭鉱に入社(古河好間鉱業所)
① 坑外夫として勤務、選炭場下積、選炭場から出たボタ(石炭ではないもの)・ズリ(坑内から出た岩石)などトロッコに積む作業をする
② ズリ捨場の作業、上記①で出たボタ・ズリを ボタ山に捨てる作業をする
1948 5月頃より 1959年9月まで 坑内作業をする。坑内での職種は保安通気係、採炭場へ通気を送ったり、坑内自然発火の消火などの作業をする

(画歴)
・中央美術学院(通信教育部)卒業
・二紀研究会で学ぶ
・福島県展、東北現代美術展、中央美術協会展、二紀展 に入選
・中央美術協会展で 協会賞、優秀賞 受賞
・二紀展で 奨励賞、同人賞、会員賞 受賞
(現在)社団法人二紀会会員、日本美術家連盟会員・圏域美術家展実行委員

(アトリエ)東京都東村山市萩山町 3-22-31 電話 042-392-1349

炭鉱風景 1959 油彩 キャンヴァス 二紀展入選
北電350 1994 油彩 キャンヴァス 100F 第48回二紀展
白華 1995 油彩 キャンヴァス 100F
撤収 1995 油彩 キャンヴァス 100F
父と子 1996 油彩 キャンヴァス 100F 好間商工会寄贈
白小屋 1997 油彩 キャンヴァス 100F
始まる 1997 油彩 キャンヴァス 100F 好間商工会に寄贈
三番方入坑 1997 油彩 キャンヴァス 100F 好間商工会に寄贈
風船 1998 油彩 キャンヴァス 100F 第52回二紀展
昇月 1998 油彩 キャンヴァス 100F
風船 1999 油彩 キャンヴァス 100F 第53回二紀展
二人 2000 油彩 キャンヴァス 100F 第54回二紀展
追憶 2001 油彩 キャンヴァス 100F 第55回記念二紀展
会員賞好間一小に寄贈
昭南橋 2002 油彩 キャンヴァス 100F
母子 2002 油彩 キャンヴァス 100F 第56回二紀展
武甲降雪 2002 油彩 キャンヴァス 6F
火力発電所 2003 油彩 キャンヴァス 10F 第10回東京二紀展
流氷(安曇野) 油彩 キャンヴァス 12F
早春(甲斐駒) 油彩 キャンヴァス 8F
七十坂(ななとさか) 油彩 キャンヴァス 6F