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 平成27年4月15日  *「福島民報」3月31日 老朽化に伴う改築工事が完了し、29日に供用開始となったいわき市内郷綴町のJR常磐線内郷駅では同日、新駅舎付周辺で記念式典が行われた。地元住民ら約00人詰めかけ、供用開始を喜んだ。式では内郷まちづくり市民会議の山口弘之会長、JR東日本水戸支社の小池邦彦支社長、清水敏男いわき市長がそれぞれ挨拶し、新駅舎完成による地域の活性化を期待した。・・・・(後略)。
*「いわき民報」3月30日 「新駅舎の完成、供用祝う」 JR東日本水戸支社は29日、JR内郷駅の新駅舎を供用開始した。「遺構こみち〜地域の歴史と遺構を想(おも)う駅」をテーマに掲げ、常磐炭鉱や国宝白水阿弥陀堂をモチーフにした駅舎がお目見えとなった。・・・・「新名物<石炭こんにゃく>・・・内郷まちづくり市民会議では、内郷地区の新名物を目指した<石炭こんにゃく>をを振舞った。竹炭を練りこみ、黒いダイヤを模したこんにゃくをしょうゆで煮込んだひと品。隠し味にはスルメが使われ、濃厚な口当たりに仕上がった。・・・・・・(後略)
 平成27年3月13日   *スポーツニッポン 見出しは「観光都市復活へ世界にアピール」20年五輪野球・ソフトいわき招致 都市対抗にフラガール 炭鉱時代の輝き再び」 となっており、当時野球部の選手で監督でもあった出沢政雄氏(88歳)や蔵本勇氏(81歳)の活躍や思い出話が掲載されている。
 平成26年5月20日  *福島民報  常磐炭田の祖 生誕200年講演会「片寄平蔵の行き方学ぶ」という見出しで歴史・文化フォーラムが開催された記事がでております。平蔵を主人公にした小説「燃えたぎる石」の著者植松三十里(みどり)さんを講師に迎え、平蔵の生き方や時代背景などに理解を深めました。会場には市民ら240人が詰めかけ、メモを取りながら熱心に聴き入っていたそうです。
 平成25年7月8日  *福島民報  常磐炭田の祖 生誕200年講演会「片寄平蔵の行き方学ぶ」という見出しで歴史・文化フォーラムが開催された記事がでております。平蔵を主人公にした小説「燃えたぎる石」の著者植松三十里(みどり)さんを講師に迎え、平蔵の生き方や時代背景などに理解を深めました。会場には市民ら240人が詰めかけ、メモを取りながら熱心に聴き入っていたそうです。
 平成23年8月23日  *いわき民報  8月5日の「続いわき学」欄に「炭住コミュニティ」と題して平在住の公務員鈴木史彦氏により3.組織とネットワークの形成(下)と8月12日に4.閉山後 が掲載されております。3では隣組や地縁組織が大きな役割を果たし、常磐の「一山一家」の件が分かりやすく解説されております。4.では閉山後、都市化が進み失われたつながりについて、又未曾有の被害をもたらした東日本大震災で地域コミュニティが崩壊したが、今後それに対する取り組みを考える上で、かつての炭住コミュニティを顧みることも一つの方法ではないかと記述しております。
*いわき民報  7月25日に「来月2日から宇部市で交流事業」という見出しでいわき市内の小学5,6年生40人が「子ども夏休み夢プロジェクト」に参加する旨掲載されtました。いわき市と宇部市はこれまで炭鉱やふるさとツーリズムなどを通じて縁を深めてきたが、今度の震災などを含め、交流が広がるようであります。
 平成23年7月25日 *いわき民報  7月15日の「続いわき学」欄に「炭住コミュニティ」と題して平在住の公務員鈴木史彦氏により1.常磐炭砿と鉱員住宅の歴史、7月22日には2.組織とネットワークの形成(上)が掲載されております。炭住を新しい切り口で解説しており、石炭を採掘する上で炭住が果たした役割がわかります。
*雑誌「鉄道ジャーナル3月号」にいわき駅界隈と題して「SLが集まった浜通りのジャンクション」という7ページの特集記事に当時の平駅を中心に炭鉱のことや石炭専用鉄道のことが掲載されております。
 平成22年9月24日  *いわき民報  9月20日の「街の中の芸術」欄に「炭鉱の息づかいを感じながら制作」と題してかつては常磐炭礦鞄煖ス山神社にあlり、その後福島高専に寄贈された佐藤忠良作「母子想」像の記事がありました。何故この像が制作されたか、経緯が詳しく載っております。今でこそ作者は日本彫刻界の重鎮ですが、この像の制作は作者に自信とチャンス到来をもたらし、その後、大作の依頼が各方面からあったそうです。
 平成22年1月15日  *福島民報 「炭鉱文化に注目」 1月6日のくらし面に日本の近代化、戦後復興を支えた「炭鉱」に注目した展覧会の記事が出ておりました。東京の目黒区美術館の「文化資源としての<炭鉱>展」。北海道、常磐、筑豊など各産炭地を題材にした油彩・水彩画、版画、写真、ポスターなど約400点のほか、筑豊で炭鉱をテーマに作品を作り続けてきた現代美術家の川俣正さんが段ボールやベニヤ板で炭鉱町の姿を表現した新作も展示された。・・・・日本の近代化と戦後復興を支えた炭鉱。その遺構が近代化遺産として再評価されるだけでなく、美術や映像作品から炭鉱文化を見つめなおす取り組みも続けられている。なぜ今炭鉱なのか−。
 平成21年10月6日  *いわき民報 10月1、2日の両日にいわき市立湯本一中の1年生110人が総合体験学習の一環として「炭鉱や温泉の歴史」を学んだ旨の記事がありました。記事の内容は前述の通りです。
 *いわき民報 「古典の復刻版や昔の写真など貴重な資料を校内に展示」という見出しで内郷にあるいわき総合高校で同校の図書館企画による「原本で見る教科書に出てくる名作」と「追憶の常磐炭田写真展」が展示されているそうです。常磐炭田は市石炭・化石館収蔵の常磐炭田華やかなりしころの17点が展示され、採炭の様子、昭和天皇巡行など日本経済を支えた「炭鉱のまち」としての学校周辺の姿が分かるそうです。
 平成21年10月3日  *福島民友 10月1、2日の両日にいわき市立湯本一中の1年生110人が総合体験学習の一環として「炭鉱や温泉の歴史」を学んだ旨の記事がありました。初日の1日は「じょうばん街工房21」の寺主君男会長が「湯本町の歴史とこれから」と題して全体講演。続いて各学級毎に炭鉱の閉山や炭鉱労働者、商店、温泉などについて常磐炭砿OBや商店主らが講演した。午後からはテーマ毎に講師の説明を受けながら湯本のまちなかを見学しました。2日目は講師の解説を受けた後映画「フラ・ガール」を鑑賞しました。
 *福島民報 学級内講演内容について。1組では常磐炭砿OB中田信夫さんが「閉山と炭鉱会社」、2組では常磐炭砿OBの円谷裕一さんが「閉山と炭鉱労働者」、3組では米穀店主の武藤政昭さんが「炭鉱と商店」、4組では古滝屋勤務の田久裕一さんが「湯本温泉と旅館経営」をテーマにそれぞれ講演しました。いずれも常磐炭田史研究会が協力したそうです。いずれも常磐炭田史研究会が協力しました
 平成21年9月15日  いわき民報 「内郷二中1年生が地域学習(まち歩いて炭鉱の歴史学ぶ)」の見出しでの記事がありました。1年生42人は8,9、10日の3日間「総合的な学習の時間」を使い、常磐炭砿の歴史を中心にした地域学習を行った。8日は学習とみろく沢資料館見学、9日は学習と選炭工場見学等で生徒達は地域の産業遺産を通して地域の素晴らしさを再確認したそうです。いずれもいわきヘリテージ・ツーリズム協議会が対応しました。
平成21年9月8日   朝日新聞 みちのくワイド版「産業遺産を観光に(炭鉱ツアー、軌道に)」の見出しでヘリテージ・ツーリズムに関する記事がありました。幕末から戦前の近代化を支えた産業遺産を観光資源に生かそうという動きの紹介です。当いわき市は常磐炭田の中心地で、特に映画「フラガール」の大ヒット以降地元や首都圏などから現地を訪れる人が増えて、「いわきヘリテージ・ツーリズム協議会」ではその対応に当たっているとの事。その他東北各地の産業遺産が紹介されております。
平成21年7月7日 いわき民報 「平六小6年生が常磐炭砿について学ぶ(地域の歴史や産業を知る)」の見出しでの記事がありました。36人の6年生は炭鉱OBの秋元高義さんの講義と校庭で燃やされた石炭を見てかつて日本を支えた地域資源について思いをはせた・・・とありました。6年生は総合的な学習の時間を利用し、いわきの歴史や観光、産業、方言などさまざまな研究を行っているとの事。 
平成21年7月4日  福島民友・福島民報 いわき市立平第六小学校で6年生総合学習の一環として「石炭の歴史」を学んだ旨の記事がありました。36人の6年生はいわきヘリテージ・ツーリズム協議会で準備したスタッフによる講義と校庭で燃やされた石炭を見て地元産のエネルギー「石炭」を再認識したそうです。
平成20年3月31日 福島民友―いわき産業創造館(ラトブ)企画展示ホールで29日(13時30分〜16時30分)に開かれた近代化産業遺産認定記念講演会{基調講演 : 丁野 朗氏−テーマ : 「近代化産業遺産の活用手法とその事例」。 パネルデスカッション : 「ヘリテージ・ツーリズムによるまちおこし」−パネリスト = 丁野 朗氏(財団法人 社会生産性本部 研究主幹)   斎藤一彦氏(常磐興産株式会社 代表取締役社長)   安部なか氏(沼尻軽便鉄道を語り継ぐ会事務局長)   市毛 環氏(NPO法人 共栄館を考える会代表)   渡辺大生氏(いわき市商工観光部観光物産課長)}では、聴講者約180人が地元に点在する産業遺産(ヘリテージ)の歴史や地域発展に果たしてきた役割などに耳を傾け、その価値をあらためて見直した。との記事が掲載されていました。
12月6日 12月1日から6日にかけての福島民報、福島民友、いわき民報―「産業遺産575件を認定」「産業遺産575件発表」の見出しで、経済産業省は11月30日、幕末から終戦にかけて日本の産業発展に貢献した歴史的な工場跡地や港湾、鉱山など『近代化産業遺産』に認定、足尾銅山など575件を選んだと発表した。 福島県からは、日本の近代化を支えた地域として、いわき市の「常磐炭田・八茎鉱山関連施設」と、日本の建造物近代化の象徴として喜多方市の「赤煉瓦製造関連遺産と建造物」が認定された。いわき市の遺産群は本州最大の埋蔵量を誇った常磐炭鉱の坑口や石炭積込場、選炭場などのほか、貴重な道具類を集めた資料館の展示品など、又、二十世紀初頭から銅鉱などを生産した八茎鉱山跡なども地域経済発展の好例として、計16件が認定されたと掲載されていました。
7月26日 福島民友 「石炭化石館で開館以来初めて大規模な展示替え」の見出しで、いわき市は24日同市石炭化石館の大規模な見直し作業に入った旨が掲載されております。これは年々減少傾向が止まらない入場者数に歯止めをかけようと魅力的な施設づくりを目指すもので、同日、有識者らでつくる改修調査検討懇話会を発足させた。同日、初会合が同館で開かれ櫛田市長が委員10人に委嘱状を手渡した後、9月まで懇話会が幾度か開催され、来年度以降の実施を目指す予定。
5月28日 福島民友 いわきヘリテージツーリズム協議会が常磐炭田と関連産業活動が国の近代化産業遺産に申請した旨、報道されております。これは国の認定を受ける事により我が国を代表する常磐炭田関係施設を全国にPRすると共に、保存・活用運動を促進しやすい環境を作る。常磐炭田の主な産業遺産対象は
*常磐炭田各所の露天堀跡(市内炭鉱周辺各所)
*磐城炭砿炭鉱住宅跡(内郷)
*常磐炭砿石炭積み込み土台・貯炭場・選炭場跡等・山神社・専用線・トンネル(内郷、常磐湯本町各所)
*大日本炭砿ズリ山跡(勿来町)
*採炭技術の伝達と現在の産業技術への応用の学習
*炭鉱社会の技術用語や専門的用語の伝承
*炭田・炭鉱社会の生活の伝承
5月6日 福島民報 「」の見出しで「昭和30年代、40年代、社会人の聖地・後楽園球場で全国の競合チームと名勝負を繰り広げた伝説のチーム」の活躍ぶりを一冊の本に纏めることが掲載されております。刊行予定は10月末。これは常磐炭田史研究会(里見庫男会長)と同チームのOBらが中心となって進めているもので「常磐炭鉱・オール常磐野球部の歴史」編集委員会(出澤政雄会長)が関係者の原稿や写真、記録の収集に当っている。
5月12日 福島民友 「常磐炭鉱野球部記念誌今秋発刊へ」の見出しで「都市対抗野球全国大会7回出場の強豪」との副見出し活躍ぶりを一冊の本に纏めることが掲載されております。刊行予定は10月末。これは常磐炭田史研究会(里見庫男会長)と同チームのOBらが中心となって進めているもので「常磐炭鉱・オール常磐野球部の歴史」編集委員会(出澤政雄会長)が関係者の原稿や写真、記録の収集に当っている。
5月6日 福島民報・見出し「近代化産業遺産後世に伝える」 県教委が象徴的建造物再発見事業として県内の近代化に大きく寄与した江戸末期から昭和初期にかけての象徴的な建造物を保護する「ふるさと文化の再発見事業を今月からスタートさせる・・・・。と報じている。安積疎水や常磐炭田建造物などが候補にあげられている。
4月23日 いわき民報 「常磐炭鉱、オール常磐野球部」の見出しで「昭和30年代、40年代、社会人の聖地・後楽園球場で全国の競合チームと名勝負を繰り広げた伝説のチーム」の活躍ぶりを一冊の本に纏めることが掲載されております。刊行予定は10月末。これは常磐炭田史研究会(里見庫男会長)と同チームのOBらが中心となって進めているもので「常磐炭鉱・オール常磐野球部の歴史」編集委員会(出澤政雄会長)が関係者の原稿や写真、記録の収集に当っている。
3月19日 朝日新聞・地域に生きて・欄に「夢再び」産炭地の今・・・という見出しで福島と福岡の観光地振興と財政再建についての記事が掲載されました。福島はいわき市の常磐炭鉱が常磐ハワイアンセンターの成功物語が取り上げられて元労務係の永山亘さんの写真が載っていました。
平成19年1月29日 日本経済新聞に「炭鉱跡を生かせ」という見出しで、全国的に産業遺産への関心の高まりから北海道や九州などの旧産炭地で、炭鉱跡を観光などに活用しようという動きが広がっている。・・・と報道されております。福島県いわき市については「炭鉱跡を観光資源に活用するための官民協議会が1月中旬に発足」と紹介されました。これについては当HP*お知らせ*欄で詳しく紹介されておりますのでご参照ください。
10月18日 茨城新聞の朝刊に「ヤマの案内人大忙し」の見出しで、常磐炭田発祥地・遺跡巡りが映画『フラガール』の公開で弾みがつき、福島県いわき市内郷地区が森林浴を兼ねた遺跡巡りを楽しむ来訪者でにぎわい、炭鉱ヤマの案内人(地元ボランテア)が大忙し。また、地元商工会は映画にちなんで開発中の薬膳茶「ハイビスカス茶」を振舞って来訪者をもてなしている・・・と写真付きで報じられております。
5月19日 5月18日夕刊紙いわき民報の『いわき地域紀行』に福炭(福島炭磺株式会社)について次の様に書かれていました。         清き流れの夏井川と景勝地として知られる二ツ箭山に育まれる小川町。かつて「福炭」と呼ばれた炭鉱があり、炭鉱の町として繁栄した時期があったことは、知られていない。炭鉱があったのは、現在の小川町西小川字淵沢、および高萩字山ノ入の付近。両地区の住民には、現在でもその名が通じる福炭は、汽船会社を経営する山下亀三郎が蒸気機関船の動力として小川町の石炭に注目し大正5年(1916)に設立。第一次世界大戦時には、好景気に支えられ、国内屈指の産出量を誇ったこともある。山ノ入地区最高齢者の鈴木文四郎さん(90歳)は同炭鉱で仕事をしていた一人。「福炭があったころは、もうそれはそれはにぎわっていた」と懐かしむ。   仕事の場である山を守護する山神様の祭りは、毎年春、二日間盛大に行われ、神輿が登場したほか、相撲、弓道などを大勢の人が楽しんだ。また、「福島座」と呼ばれる芝居小屋もあった。多いときで1000人余りの従業員が在籍していた同炭鉱は、昭和24年4月に幕を下ろした。その後、多くの人が四国や九州地方へ出稼ぎに行き、住まいを移す人も次第に増え、山神様の祭典もなくなり、静かな地区となった。炭鉱で栄えた面影は、何軒か残る炭鉱長屋にしか見ることができない。今は、山神様も草木が生い茂り、誰も近づくことが出来ない。鈴木さんは時折、近所の人たちと炭鉱の昔話をすることがある。しかし、話がはずむ年齢層は確実に高くなっている。「まちがにぎわっていたことを若い人たちは知らない。淋しいことだね。それに、伝えていくのも難しい。」かつての炭鉱労働者は小川町が立派な炭鉱のまちだった、そんな歴史が人々の記憶から失われつつあることに複雑なおもいを抱いている。
3月23日 3月13日の福島民友、『ふくしまその時代(エネルギー編・上)』に常磐炭田発祥の地「弥勒沢」(発見者:片寄平蔵)から始まり、黒ダイヤとよばれ第二次大戦後の復興期から高度成長初期まで最大のエネルギー源として、京浜工業地帯等へ出炭された。しかし1950年代後半には国際石油資本(メジャー)による安い石油の大量流入によるエネルギー革命は常磐炭田にも迫り、ついには1976年8月閉山となり、炭田発見以来120年の歴史に終止符を打った経緯および、最近活発に活動されている「常磐炭田史研究会」について紹介されていました。
1月30日 地元折込紙(毎日新聞、福島民報へ折込)の、湯の街『悠 遊 優』(菅原新聞店発行)に常磐地区の炭田跡を歩く、《番外編T》と題して常磐ゆもとの今昔、入山第5坑、第6坑地区および入山病院(現、いわき湯本病院)の大正・昭和時代かつての様子、特に、入山病院 ― 常磐中央病院 ― 常磐会いわき湯本病院への移り変りを時代を追って写真で紹介されていました。 
 平成18年1月10日 1月9,10日の福島民友、福島民報他の紙面に常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)誕生、炭鉱の町の再生を描く『フラガール』の制作発表会が東京都内のホテルで行われました。『フラガール』はエネルギーの主役が石炭から石油に代わった昭和30年代後半から昭和40年代初めの常磐炭田地区を舞台に、炭鉱で働く男たちがツルハシを捨て、女たちは当時誰も見た事の無かったハワイアンダンスに挑戦し、炭鉱の町を再生する物語。常磐ハワイアンセンター誕生の実話を背景に、東京から来たダンス教師と炭鉱の娘との友情と町の再生を描くものです。制作発表会においては、スパリゾートハワイアンズのダンシングチーム7名が情熱的なフラダンスを披露し、花を添えた。スパリゾートハワイアンズを運営する常磐興産の斎藤一彦社長は「全国のひとたちが元気になるような映画になることを願っております。」と話していました。映画は11日にクランクインし、2月27日にクライマックスを現地で撮影する予定。今年の夏に全国一斉公開されるそうです。
12月17日 12月14日(水)の福島民友新聞に、常磐炭田開田150年を記念した講演会がこのほど、いわき市文化センターで開かれ、参加者(約150名)が炭鉱閉山後に4000人以上に上った離職者の追跡調査のデータ等について学んだ。  講師として、1960年代から常磐炭鉱と地域社会のかかわりについて調査を続けている早稲田大学の正岡寛司教授が『大閉山と離職労働者のその後』と題して、同教授が中心となって進めている1972年の常磐炭鉱閉山に伴う離職者追跡調査の中間発表を行った。  その中で、正岡教授は追跡調査は現在80%以上進んでいて、調査に回答を寄せた離職者の約90%が「いわきの土地柄に愛着がある」としていることや同約83%が「炭鉱で働いたことが日本経済の発展に貢献した」と考え、約66%が閉山時期について肯定的な見方をしていることなどを紹介した。との記事が掲載されていました。
 7月 06日 6月26日の福島民報に28回福島民報出版文化賞の受賞作が紹介され、『特別賞』として『地底の夜明け」高原浅市著が受賞したことが報道されていました。  十三歳のときから炭鉱で働いていた、故高原浅市氏による戦前の労働運動史。 常磐炭田で働いていた人の姿を、当時の国内外の社会情勢も織り込みながら克明に記録している。  争議について組合だけでなく会社側、行政、警察などの動きも赤裸々に記されており、読み応えがある。   組合活動に身を投じた生涯を飾ることなく綴った高原氏の執筆姿勢も共感を集めた。 巻頭には資料写真も掲載している。  刊行会代表・菅野勝雄さんの話として、若い人達にぜひ読んでもらいたい、過酷だった当時の炭鉱の労働実態を知ってほしい。と記されていました。
 6月21日 6月19,20日の福島民友・福島民報・いわき民報の各紙に常磐炭田史研究会、平成17年度総会が、いわき市石炭・化石館で会員約30名が出席し開かれ、今年度の事業計画として、研究誌第3号を発行するほか常磐炭田の中心地区だった常磐地区の小野田炭鉱などで調査を実施し、3ヶ年の調査報告書を取り纏め、常磐炭田開田150周年に当ることから研究誌に特集を組むほか研究会、懇談会なども計画しているそうです。                  役員改選では、里見会長、大谷副会長を再任、副会長を3人制とし、新たに氏家武夫、菅野勝雄両氏を選任、続いて行われた研究会では、会員の小宅幸一氏が『産炭地いわきの工業化と合併』と題して講演したとの記事が出ていました。              又、同研究会は、昨年発行した創刊号に続く第2号を今月13日に発行し、風化しつつある炭鉱の歴史を見つめ直す貴重な一冊に仕上がったと報じられていました。
 6月06日 6月04日のいわき民報の、カメラがとらえた時の流れ(昔のいわき、今のいわき)に昭和2年(1927年)3月27日、磐城炭礦()町田竪坑において坑内火災が発生し、死者134名をだした大災害の社葬の様子(遺族の外、僧侶40名、関係者多数が参加して高坂グラウンドで挙行された。)の写真が掲載されていました。       又、高坂グラウンド跡地の現在(内郷第二中学校)の様子も『炭鉱』を知らない子供たちが多くなった事と共に紹介されていました。
 5月20日 5月20日の福島民報に、内郷山神社跡地を使い、炭鉱跡地を有効に活用し、炭鉱が最盛期だったころにぎわった内郷の活気を呼び戻す狙いで、『若葉のステージ』が昨年に引き続き、5月21日(明日)、地元高校生やミュージシャンを招いて行われるとの記事が掲載されています。  また、会場となる内郷山神社は内郷内町前田にあって、常磐炭砿磐城砿業所が炭鉱の安全を祈願するために、昭和26年に完成させたもので、相撲場もあり、かつては祭りでにぎわったといいます。  炭鉱が閉山したいまでは、内町公園として住民の憩いの場となっています。
 5月06日 いわき市石炭・化石館は5月4日入館者5百万人を達成し、5百万人目の入館者が、国井館長から記念のデジタルビデオカメラが贈られた様子が、5月5日の中央紙地方版、地方紙(福島民報、福島民友)に紹介されていました。                       財団法人いわき市産業振興公社の事業として、同館は昭和59年10月18日にオープン、日本の産業を支えた常磐炭田の歴史や、フタバスズキリュウをはじめ地元で発掘された化石などを紹介し、それに関連したイベントなども行っています。
 4月11日 4月2日のいわき民報の カメラがとらえた時の流れ(昔のいわき、今のいわき)に湯本地区の永年の懸案事項であった集中豪雨対策の決め手として建設される湯本川調整池の予定地である旧常磐炭砿磐城砿業所跡地の、かつての(昭和30年代後期)施設の整然とした様子が掲載されていました。
平成17年 1月16日 1月15日の、湯の街『悠・優・遊』(菅原新聞店発行)の中の、常磐ゆもと今昔で、湯本駅から南南東、約1kmにある常磐水野谷町地区(いわき市のへそと言われている所)が紹介され、その中で写真により、旧常磐炭砿専用鉄道鹿島線の昭和30年、昭和45年の状況が掲載されていました。                        2月5日のいわき民報の カメラがとらえた時の流れ(昔のいわき、今のいわき)に整然と並ぶ上・下浅貝の炭鉱住宅(昭和43年)と現在の浅貝地区の写真が対比して掲載され『一山一家』に込められた鉱員相互の助け合い精神が時がたち忘れられていく様を、おやけこういちさん(いわき地域学會会員)が紹介しています。
 1月05日 

 

 

2005年1月1日の「福島民報」に戦後のあゆみとして昭和20、30年代の常磐炭田隆盛期から昭和40年代の斜陽期にいたるまでを一山一家の精神により乗り切ってきたことを、元常磐炭砿労組書記長 菅野 勝雄氏が坑内写真と共に紹介してあります。 菅野氏は「常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)をオープンさせ離職者を引き止められたのも労使協調の一山一家の精神があったからこそ」とむすばれています。                                     2004年12月15日の「日々の新聞」に、[句を詠み、ありし日の炭砿を思う]と題し結城 良一氏が紹介されました。          氏は2004年二冊目の句集「弥勒沢」を出版しました。 最初の句集「発破音」から三十三年ぶり。そのほとんどが炭砿を詠んでいる「発破音」に比べ、「弥勒沢」は炭砿を題材にした句が昭和五十一年の常磐炭砿西部砿業所閉山を境にめっきり減りました。 それでも時折、ボタ山を読み、ありし日の炭砿に思いをはせる。      「俳句は百人百様でいい。心の感動、新しい試みがないといけない。これからも詩的模索を続けていきたい。」と結城氏は語る。とむすばれています。          
12月07日 12月7日の「いわき民報」に第20回報徳出版文化賞(福島県報徳社主催)に常磐炭田関連の作品が表彰を受けた事が紹介されております。優秀賞に「地底の夜明け−常磐炭田鉱夫組合血戦実録」(高原浅市著)、「句集 弥勒沢」(結城良一著)の2作が選ばれました。先ず「地底の夜明け」は常磐炭田地帯に発生した、労働運動黎明期のノンフィクション。当時組合員として活動した著者が組合報に連載したものを、「後世に残したい」と常磐炭砿で労働組合の書記長を務めていた菅野勝雄さんらが世に送り出した。
 「弥勒沢」は常磐炭砿に勤めた著者が自身の坑内現場経験から紡いだ作品を集めた2冊目の句集です。第一作の「発破音」から33年目。俳句に取り組んで50年目である今年発行されました。
 同文化賞は昭和60年、いわきにおける出版文化の向上を目指して創設されたもので、地方出版物の顕彰と出版文化の醸成に一応の成果を見たとして、今回で終了するそうです。
11月24日 11月23日「福島民報」に「ふるさと内郷歴史周遊」という見出しでふるさと振興協議会の交流会が白水阿弥陀堂で開かれ、参加者はいわきの石炭の歴史を勉強できる遊歩道「みろく沢石炭(すみ)の道」を歩いたそうです。地域振興と会員間の交流を図ろうと会員以外の市民にも広く呼びかけ、約50人が参加しました。「炭砿(やま)の案内人」4人がガイド役を務め、ゴール後は会員手作りの豚汁を食べながら内郷の魅力について語り合ったそうです。
11月18日 11月15日「いわき民報」に「ヤマの歴史を学ぶ」という見出しで先月30日に好間公民館で開かれた第二回炭鉱歴史講演会の記事が載っております。講演会は、石炭産業で栄えた好間・内郷地区の貴重な炭鉱史跡を紹介すると共に両地区のかかわりや、消えつつある炭鉱史跡の保存について考え、まちづくりにつなげようと昨年から開催。今年は郷土歴史研究家の大塚一二さんが講師を努めました。大塚さんは「私たちは炭鉱のまちで生まれ育ったが、足元はどうなっているのだろう」と提起、日本列島の成り立ちや、先に発生した新潟県中越地震に関連付け、プレート論などを解説し、炭鉱の形成法などを紹介しました。 主催は「好間ふるさと振興協議会」、「好間を考える会」、「内郷ふるさと振興協議会」です。
11月8日 11月8日「福島民報」に俳人で常磐炭田史研究会員の結城良一さんが、第二句集「弥勒沢(みろくざわ」を出版した事が紹介されております。県文学賞・正賞を受け、高い評価を受けた第一句集「発破音」から33年ぶりの出版で自らの炭鉱人生を振り返り、確認する約460句を収めております。
 句集名にした「弥勒沢」は片寄平蔵が石炭を発見し、常磐炭田の開祖となったいわき市内内郷白水町の地名。「天金のたらの花咲く弥勒沢」からとったそうで、結城さんは「古希を迎える元炭鉱夫のすべてです。ぜひ読んで欲しい」と話されております。
  同じ日の「いわき民報」に「旧炭田見守り句作」という見出しで結城良一さんが33年ぶりに出版した句集「弥勒沢」が紹介されております。今回の句集は「ボタ山(昭和47〜51年)」、「仏具山(同52〜63年」、「月山(平成元〜7年)、「弥勒沢(平成8年〜16年)」と時代ごとに4つの章で展開。「爆臭の漂う冬田急がねば」、「午前4時朱夏の厨に坑夫妻」など、炭鉱当時の作品から「山らしくなりしボタ山養花天」など現在の炭田の風景を詠み込んだ作品が紹介されております。お問い合わせは結城さんTEL0246−43−2940まで。
10月6日  10月5日「いわき民報」第一面に「いわき市石炭化石館」が17日に開館20周年感謝祭が開催される旨記載されております。同館は昭和59年10月に開館した。かっていわきが全国有数の産炭地として繁栄した時代の資料や、市内各地で発掘された貴重な化石などを展示しております。感謝祭は午前9時から午後4時まで開かれ、記念特別展示や無料体験教室、抽選会など多彩に繰り広げられるそうです。いわきの特産品や新鮮野菜の販売もあるそうです。
9月21日 9月11日の「福島民報」に「湯本温泉芸能保存協会 芸の虫」女性会員が9月30日横浜市の神奈川県民ホールで開かれる「ひばり舞オンステージ旗揚げ・神奈川公演」で「常磐炭坑節」・「みだれ髪」に合わせ、踊りを披露するそうです。
 これは様々なジャンルの踊り手が故・美空ひばりさんの歌に合わせて踊り、日本の芸能文化を発展させようという試みで神奈川県をトップに全国で開催されるとの事。常磐炭田が栄えていた頃の民謡「常磐炭坑節」をひばりさんが歌っていた事から主催者から「芸の虫」に誘いの声がかかったそうです。公演では女性会員13人がステージに立ち、「常磐炭坑節」・「みだれ髪」の2曲を踊るとの事です。
 同じ日の記事に「炭鉱展」閉幕でいわき市立美術館の関口副館長と杉浦学芸員が同社を訪れて閉幕の挨拶をされたそうです。
 関口副館長らは「幅広い世代の人達が訪れリピーターも目立った。懐かしいという感想が多く、炭田がいわきの財産なのだと痛感した。地域に根ざし、古里を再認識してもらう展覧会になったと思う。」と感想を話されました。7千3百人を上回る来館者があったそうです。
9月3日 9月1日の「いわき民報」に市立美術館の企画展「炭鉱(ヤマ)へのまなざし」に合わせた公開講座が先月29日に同館のセミナー室で開かれた事が書いてあります。会期の最後を締めくくる講座で常磐炭田史研究会の「郷武夫さん」と俳人協会員の「結城良一さん」の二人が、文学と俳句・短歌から見た炭鉱について講演。両講座合わせて約90人が聴講したそうです。
 郷さんは「文学に現れた坑夫」をテーマに小説などに登場する炭鉱労働者の事を、炭鉱で20年の労働経験を持つ結城さんは「坑夫らの俳句、短歌」と題して、炭鉱労働者が詠んだ俳句・短歌を紹介、聴講者は実体験を踏まえた解説に熱心に聴き入ったそうです。
9月1日 8月31日の「日々の新聞 第36号」には「炭鉱(ヤマ)へのまなざし」という題で写真家の鈴木清さんがライフワークとして撮影した炭鉱の風景(いわき市立美術館で29日まで展示)についての記事が掲載されております。
 又「磐城のお国言葉」欄では「佐藤孝徳さん」による「石炭」を昔いわきでは何と呼んでいたのか?・・・についての考証があり、明治10年に「大須賀次郎」がまとめた「磐城物産志」によると「クンノンカウ」、磐城石炭の祖である加納作平の孫のおばあさんのメモによると「クンコロン」(佐藤氏は40年前、おばあさんに直接会って聞いたそうです。)などとの説があるそうです。
8月30日 8月28日「いわき民報」の「昔のいわき、今のいわき」第32話に平・城東にあった常磐炭砿平火力発電所の記事が掲載されております。大正9年10月に常磐炭砿鰍フ前進である磐城炭砿鰍フ手によって夏井川の河畔に完成し、その後自社の排水、通気のための電力に使用した。それから50年余り、常磐炭砿の発展に寄与したが、公害規制が厳しくなり、昭和52年10月に撤去された。昭和40年頃は最新鋭の設備を備え、採炭の際、邪魔とされていた沈殿微粉炭を燃焼活用し、磐城砿業所の保安電力の65%を賄ったそうです。現在は「マルト城東店」となり昔日の面影はありません。
8月27日「いわき民報」に「炭鉱(ヤマ)へのまなざし」−常磐炭田と美術ーとしていわき市立美術館で開催中の炭鉱関連の展覧会にある作品のうち、主に写真について学芸員の杉浦氏の解説が掲載されております。夫々の写真と作者の紹介と「本展を通して美術家や写真家の多様なまなざしを確認し、各自が現在の地点からリアリティを持って、炭鉱について、また彼らのまなざしの先にあった人間について見つめなおすきっかけになれば幸いである。」と結んでおります。
8月28日  8月26日 「いわき民報」にいわきの炭鉱労働者運動の原点である「高原浅市」の記録が本に・・・という見出しで元書記長の菅野勝雄さんが30年来の願いであった「常磐炭田鉱夫組合血戦実録 地底の夜明け」が発刊された事が掲載されております。「いわき地方の炭鉱の労働運動の原点が詰まっている貴重な財産。後世に伝えたいという私の意図が通じ、感無量」と菅野さんの感想も載っております。定価は2,000円で市内の主要書店にあるそうです。
 同じく8月25日「いわき民報」に内郷ふるさと振興協議会で募集している「炭鉱(ヤマ)の案内人」に高田邦男さんが応募された事が載っております。高田さんは常磐炭田関係の仕事に長くお勤めしておりましたが、現役引退後「自身を育ててくれた産炭地域に恩返しをしたい」との思いで多くの人に炭田のことを伝えたいと話されております。
 8月24日の「いわき民報」には元常磐炭砿の社員であった中田信夫さんが石炭化石館で8月8日に実施した講演会「常磐炭田と常磐炭砿」について掲載されております。中田さんは炭鉱で尽力した労働者の姿や事故を語りながら「坑内で支えていた人の姿を知らなければ」と、働いていた人々を見つめることで理解が深まると示唆しました。
8月24日 8月24日の「福島民報」に炭鉱(ヤマ)へのまなざし−作家の視座−のNO27として市立美術館で開催中の炭鉱関連の展覧会にある作品「廃鉱」(吉田昭男作)が紹介され、作者の炭鉱に対する思い入れ」が掲載されております。
8月20日 8月19日の「いわき民報」に炭鉱(ヤマ)へのまなざし−常磐炭田と美術−のとして市立美術館で開催中の炭鉱関連の展覧会にある作品夫々の「炭鉱経験の無い美術家」が炭鉱を「理解し描こうとする真摯な姿勢」に驚かされると書いてあります。又、炭鉱に勤めながら炭鉱を描いた美術家の作品もあり、「今回の展覧会は、美術家らの多様な表現を体験する絶好の機会となる。」と掲載されております。
8月17日  8月16日 福島民報 「炭砿(ヤマ)の案内人に挑戦して」という題で、内郷を訪れた観光客に炭田の史跡や名所を紹介するボランテァ「炭砿(ヤマ)の案内人」を募集しているそうです。市内に居住又は勤務していれば誰でも案内人になれるそうです。詳しくは「内郷ふるさと振興協議会0246−26−2111(いわき市内郷支所内)にお問い合わせ下さい。
 同日の「いわき民報」に「炭砿(ヤマ)の案内人」5人が8月8日に白水阿弥陀堂から弥勒沢に至る「常磐炭田発祥の地」2.5kmの道を観光客を案内して歩いたとの記事が載っております。将来的には春・秋のシーズンは毎週末に実施する考えとの事。
 8月13日の「いわき民報」に炭鉱(ヤマ)へのまなざし−常磐炭田と美術−のとして当時炭鉱を描いた画家や写真家の思いやエピソードが掲載されております。又、草野心平記念文学館で開催されている「新聞に見る炭鉱と女性の記録」の記事が掲載されております。
 8月12日 福島民報 いわき・常磐炭田史「炭鉱(ヤマ)とともに−下−」に戦後から現在にかけての歴史について書かれてあり、エネルギー革命で石炭産業が衰退し、「閉山、採炭の歴史に幕」という内容の特集記事が掲載されております。「私とヤマ」欄には当時常磐炭礦労組書記長を務めていた菅野勝雄さんが閉山時の労使交渉の緊迫した様子を思い出として書かれております。
 8月11日の「いわき民報」の「04文化時評」欄には粥塚伯正氏による「常磐炭田史研究創刊号」の記事論評の中で「片寄平蔵の写真は検証されていない・・・」という郷氏の文章に興味をひかれたと報じております。
8月10日 8月10日「福島民報」に「常磐炭田の歴史を学ぶ」という見出しで元常磐興産取締役で常磐炭田史研究会員の中田信夫氏が石炭化石館で特別講演を開いた事が報じられております。「常磐炭田と常磐炭砿」という題で、常磐炭田の歴史と概要を説明し、常磐炭砿の生産体制や炭鉱従事者の暮らしなどを話しました。会場には市民ら約50人な熱心に中田氏の話を聞いていたそうです。
 同日の「炭鉱(ヤマ)へのまなざし」−作家の視座−Lとして吉井忠の「イワキ炭坑(切羽)」が掲載されております。
8月9日 8月8日「福島民報」の「あぶくま抄」に美術館で開催中の「炭鉱(ヤマ)へのまなざし」を鑑賞した人の感想や田口安男館長の話、お盆帰省シーズンで郷里に帰る人々も見るだろうが、いわきのそして日本の懐かしい原風景がある・・・と掲載されております。同じく「炭鉱(ヤマ)へのまなざし」−作家の視座−Kとして若松光一郎の「石炭を運ぶ女たち」が掲載されております。
8月7日「福島民報」に美術館で開催中の「炭鉱(ヤマ)へのまなざし」−作家の視座−Jとして中谷康の「炭坑町」が載っております。
  8月7日「いわき民報」に石炭化石館での「写真に見る いわきの炭鉱(ヤマ)の歴史」として主に戦後の坑内や作業風景約100点が紹介され、特に化石館がある場所は鉱業所があった場所で今との対比が見られて興味深い。また、常磐炭砿が発行していた機関紙「じょうばん」も展示されている。・・・と掲載されております。
8月6日 福島民報掲載記事
7月21日よりシリーズで市立美術館企画展主要作品紹介の第一回として若松光一郎、鳥居敏文の2作品以降毎日紹介して最終7月26日第五回鈴木清、宍戸晴巳の写真が掲載されております。
 同じく美術館企画展の作品を7月28日を第一回として若松光一郎の「坑口からあがる坑夫たち」を見た市民の感想を添えた記事を掲載中です。8月6日は第10回で西常雄の「大工」です。
 8月4日いわき・常磐炭田史「炭鉱(ヤマ)とともに」−中−」として7月16日に掲載した−上−の続編が掲載されております。今回は大正時代から昭和20年代にかけての隆盛と地域経済や湯本温泉の衰退と復活など興味深い記事が掲載されております。
 7月27日 暮らしの伝承郷で開催された「炭鉱社会の労働と暮らし−戦前・戦後」と題する講座(講師 菅野勝雄氏)が会場の民家が120人という超満員の中で行われた事を報じております。
 8月2日 恒例の「いわき総合高(旧内郷高)徒歩リレー」はいわき産の「石炭」約1キロ(
弥勒沢炭鉱資料館で提供)をJR新潟駅まで生徒が運んで寄贈した事が報じられております。
いわき民報掲載記事
8月4日 「04文化時評」で市立美術館の佐々木吉晴氏が「常磐炭田一色の夏」という題で本年常磐炭田が一気に注目され関連企画展が開催されている四施設は常磐炭田に関する総合博物館のようなものだ、と論評されております。
 又、同日美術館で開催された公開講座「炭鉱夫の働きとと暮らし−友愛会−を中心に」(講師 呑川泰司氏)、「小野田炭住を撮影したころ」(講師 丹野清志氏)が行われ、当時を懐かしむ人が夫々「炭鉱の時代」に思いを馳せた、と報じております。
7月27日 市立美術館で17日に行われた炭田史研究会委員「小野浩氏」による「地域産業としての炭鉱」と題する講座が開かれた事が掲載されております。関連講座は8月14日、29日にも開催されます。
7月29日 「芸の虫」メンバーが湯本街「古滝」で炭鉱節を手ほどきした事が掲載されております。
7月22日、29日 草野心平文学館で開催中の「真尾倍弘・悦子展」を中と下に分けて詳しく報じております。
7月21日 7月21日の「福島民報」では「採炭、炭住・・・時代映す」という題で「いわき市石炭化石館」で開幕した炭鉱写真展について掲載。これで同館、市立美術館、市暮らしの伝承郷、市草野心平記念文学館の市内4施設が連携して取り組む炭鉱関連の展示が出揃った事になります。
 同日の「いわき民報」では「暮らしの伝承郷」で17日開幕した「ヤマに生きるー炭鉱の暮らしー」展の展示物が詳しく紹介されております。
7月20日 福島民報掲載記事
 7月20日 「炭鉱の美 来場者魅了」という見出しで市立美術館20周年記念展に大勢の市内外からの観覧者が訪れたこと。
 7月19日 「よみがえる懐かしい風景」という見出しで学芸員の杉浦氏によるギャラリートーク(作者、作品の背景解説)、DVDコーナー(採炭作業などの映像紹介)、本物の黒ダイヤ展示(終了後、来場者にプレゼント)、入り口壁面に142鉱のプレート(名前、設立、閉山時期を記載)が飾ってあるそうです。どの記事も写真入で・・。
 尚、ギャラリートークは再度8月1日と28日、どちらも午前11時から行われるそうです。杉浦学芸員の解説を聞きながら鑑賞すると興味は倍増します。
 7月19日 「ヤマの活気再現」という見出しで「いわき市暮らしの伝承郷」で17日に開幕した企画展では炭鉱住宅での生活用具や野球チーム「オール常磐」のユニフォームが展示されている旨掲載。25日には菅野勝雄氏による「炭鉱の労働と暮らしー戦前・戦後」と題した講演会が予定されているそうです。
 7月18日 「故若松氏の「心の風景見て」」という見出しでいわき市立美術館「常磐炭田と美術」展式典が16日約120人出席のもと、関係者がテープカットして開催を祝ったそうです。今回の美術展にはいわきを代表する画家で平成7年に亡くなった故若松光一郎氏が描いた炭鉱の画が数多く展示されており、若松さんの妻紀志子さんが挨拶された事や資料的にも価値がある図録が作成された事(一冊2,500円)が掲載されております。
 又、「炭鉱(ヤマ)へのまなざし」というシリーズでいわき市立美術館学芸員の杉浦氏が11日(上)、17日(中)、18日(下)の三回に分けて出品作品の解説をされたものが詳しく掲載されております。
7月16日 企画特集 いわき・常磐炭田史「炭鉱(ヤマ)とともに」−上−として石炭発見から炭鉱会社の設立、専用鉄道敷設など相当詳しく掲載されております。
 7月13日 「戦後いわき文学、流れ良く分かる」(草野心平記念文学館の
「真尾倍弘・悦子展」の紹介)

 「日々の新聞」7月15日第33号には「1971年への思い」の題で小名浜在住の宍戸春巳さんが撮影した「ヤマは終わった」という写真と思い出文が掲載されております。また、特集では今回のいわき市立美術館で開催中の「常磐炭田と美術」に出品されているある作品群の生い立ちを「つつがなきを想う母子の手は高し」ということで制作された佐藤忠良氏の彫刻「母子想」が総ての始まりで、その後「つれだっていわきを描いた8人」に結びついているそうで、その辺の事が詳しく掲載されております。

いわき民報掲載
 7月20日 「多様な炭鉱の表現紹介」(いわき市立美術館)
 7月17日 「21日から炭鉱の歴史写真展」(石炭・化石館)
 7月16日 「あすから炭鉱の暮らし展」(暮らしの伝承郷)
 7月15日 「真尾倍弘・悦子展」(草野心平記念文学館)

7月7日 本日の「いわき民報」第一面に「炭鉱テーマに企画展」という題でいわき市内の4施設で連動して行われる美術、文学、民俗、生活文化などの観点から、いわきの一時代を担った「炭鉱」を見つめる催しが行われると報道されております。お盆期間中は4施設を結ぶ無料シャトルバスが運行されるそうです。期間は各施設で違いますが以下の通りです。
・いわき市立美術館 「常磐炭田と美術」7月17日〜8月29日
・草野心平記念文学館 「真尾倍弘・悦子展」7月10日〜9月12日
・暮らしの伝承郷 「炭鉱の暮らし」 7月17日〜8月22日
・石炭・化石館 「いわきの炭鉱の歴史展」7月21日〜8月31日
6月29日 「ふるさとをもっと知ろう」27日の福島民報「日曜論壇」に「暮らしの伝承郷」館長「氏家武夫氏」が投稿されております。校名が「いわき総合高校」に変わった内郷高校校歌(草野心平作詞)「ズリ山ならび煙たつ・・生産の北の動脈・・この力ある街の中・・われらが母校そびゆるぞ・・ああ内高内高・・われらが母校内高内高・・」が校歌としての役目を終えた・・・・・とあり、炭鉱がますます遠くになる象徴的な出来事だが、一方で別な形で炭鉱に対する研究・展示・事業が実行されている・・・。と掲載されております。
6月24日 24日の「福島民報」に、同社が「いわき市立美術館」とともに開催する「炭鉱(やま)へのまなざしー常磐炭田と美術」の会期や内容、問い合わせ先などが掲載されております。同時にそれに合わせて市内の「石炭化石館、暮らしの伝承郷、草野心平記念館」で夫々行われる「いわきと石炭」をテーマにした展示内容や記念講演等が決まった事についても詳しく掲載されております。
6月23日 22日の「福島民報」に「炭鉱(やま)へのまなざしー常磐炭田と美術」という見出しでいわき市立美術館開館20周年を記念した美術展が7月17日から始まりますが、その内容が詳しく掲載されております。会期中には炭鉱を舞台に撮影された当時の映画の鑑賞会もあるそうで、なつかしい風景が見られるかもしれません。
6月17日 「常磐炭田史研究会」の「総会」「研究会」が13日に開催されましたが、この記事が 13日の「福島民報」、16日の「いわき民報」に掲載されています。
6月10日 9日のいわき民報は トップ記事として「常磐炭田史研究」を創刊」「新たな検証と解釈の契機に」「12日に総会・研究会」と報じています。
A5版82ページ、一部書店で扱う。領布価格1000円
一般の参加自由。
問い合わせは大谷さん=電話0246(28)6304=まで。
尚、「常磐炭田史研究」の創刊については
13日の 福島民報に「『常磐炭田史』を創刊」「いわきの研究会・歴史を後世に」「「会員のエッセー 当時の写真掲載」という見出しで
16日の 朝日新聞(福島版)に「常磐炭鉱の歴史」「絵や写真入れ創刊」という見出しで 報じられています。
6月8日 7日の朝日新聞(福島版)に「戦前の炭鉱労働 戦前の事実今に」「いわきの菅野さん 30年ぶり手記出版」という記事と 菅野さんの写真が掲載されています。
1925年から3年間の炭鉱の様子を 戦前に常磐炭砿で働いていた高原浅市さんの手記を編集した『地底に燃える』を近く出版されることになったことが 報じられています。
5月31日 31日の福島民報に「炭鉱のにぎわい復活 若葉のステージ 内郷山神社跡で歌や踊り 高校生が出し物 地元の実行委 企画、準備」という見出しの記事と写真が掲載されていました。
6月18日のいわき民報にも「山神様に活気が戻った」「歌あり体操あり笑顔あり」という見出しの記事と 写真が三枚掲載されています。
5月17日 14日のいわき民報に 炭鉱・史跡のボランティアガイド事業「炭鉱(やま)の案内人」が 6月の本格活動開始を前に 試行的に始められたという記事が掲載されています。このガイドは 国宝白水阿弥陀堂から 常磐炭田発祥の地である弥勒沢を結ぶを2.5kmの遊歩道「みろく沢石炭(すみ)の道」を歩きながら、周辺の炭鉱跡などを案内するものとのことです。
5月13日 今日の福島民報に 「『ヤマのにぎわい』感じて 29日、コンサート いわき内郷 若者らが熱く ふるさと振興協議会 案内、植栽事業も」という記事が掲載されています。
11日 総会に約30人が出席され 今年度の事業計画を決められたとのことです。
 
5月10日 8日のいわき民報・くらし随筆に 吉田恭子さんが「炭鉱へのまなざし」というエッセイを寄せておられます。
5月7日 1日のいわき民報・くらし随筆欄に 吉田恭子さんの「母子想」というエッセイが掲載されました。「母子想」は 元内郷山神社に、現在福島高専構内にある 佐藤忠良さんが製作された像です。
4月28日 27日のいわき民報に「新いわき百景・好間・今も面影をとどめる昔の炭鉱の街の姿をどう後世に伝えるか」という記事と写真5枚が掲載されています。
4月27日 20日〜25日に東京銀座画廊で開催された第7回春季二紀展に 菊地正男さんが「風景 よしま」という絵を出展しておられました。緑の山の中に ズリ山、発電所、蒸気機関車が・・・・
  17日のいわき民報「くらし随筆」で 吉田恭子さんがエッセイ「若葉のステージ」で 旧内郷山神社について 書いておられます。 
  10日のいわき民報におやけこういちさんの「内郷くまみ温泉」・・・「昔のいわき今のいわき」第12話・・・という記事と写真が掲載されています。
4月7日 7日の朝日・地方版に「炭鉱マンの桜」という記事と2枚の写真が掲載されています。
 写真は 昨年 いわき市・平で展覧会を開いた菊地正男さんの最近作『桜花の頃』と菊地さん」「桜の花とその復活に努力された木田都城子さん(3月17日を参照)」
 記事は 古河好間炭鉱の人たちに愛されていた熊野の桜の復活をめぐる人間模様についてかかれています。
4月05日 4月3日のいわき民報「くらし随筆」に 吉田恭子さんが「内郷って何があるの?」という題で地区内の炭鉱史跡のガイドマップづくりの記事が掲載されています。
3月17日 16日のいわき民報「くらし随筆」の欄に 木田都城子さんが「想い、いろいろ」という題で、7日の菊地正男氏の講演会に寄せての感想を書いておられます。
3月16日 13日のいわき民報「くらし随筆」の欄に 吉田恭子さんの「石炭の道」というエッセイが掲載されています。
3月4日 4日の福島民報に「市立美術館 常磐炭田テーマ 7月から展覧会」という記事が掲載されいます。
市の定例議会で 議員の質問に教育部長が答えたとして「7月から草野心平記念文学館とし石炭化石館などと連携し、常磐炭田をテーマにした展覧会を開催する。」とあります。
3月2日 2月27日の「いわき民報」に「炭鉱の案内人」の養成講座が25日にスタートしたと報じれれています。一期生は男女2名。引続き 募集しているとのことです。(1月8日 参照)
2月23日

「常磐炭田史研究」発刊の準備が進められています。
 昨年発足した「常磐炭田史研究会」は 研究誌「常磐炭田史研究」発刊の準備を進めてきましたが、このほど 創刊号の内容が 略纏まったとのことです。
 内容は 会員から寄せられたエッセイ、炭鉱資料を読む、写真・写真紹介、コラム、研究ノート、書評レビューなど十数編。
 本年3月発刊の予定。価格は未定。
 お問い合わせは おやけこういち氏(自宅0246-62-4610 または勤務先・いわき市未来づくりセンター0246-22-7593)へどうぞ。

2月19日 「永山亘さんが第33回いわき市民美術展覧会写真の部で市長賞を受賞しました。
題名は「心の想い “閉山”」で、炭鉱を題材にした、たくさんのモノクロ写真を約1メートル四方の正方形のパネルに貼ったものです。
お知り合いと聞いていましたので、一応、ご連絡します。」
という 嬉しいお知らせを戴きました。
永山亘さんは このホームページのINDEXページなどに カットを提供して下さっている 管理者の炭坑の先輩です。
2月9日

熊坂行夫さんからのお知らせです。
『2月15日より22日まで「平サロン」におきまして『熊坂太郎・行夫 親子展』を開催する事となりました。
父の作品の整理をしたおりましたところ新たに「礦山部落の朝(F60)」を見つけました。』
(管理者)故熊坂太朗さんは かって常磐炭砿に勤務しておられた方で、この絵は 昨年6月に同じ会場で個展を開催した菊地正男さんと同じく 炭砿の「内部」におられた方が描かれた炭鉱の記録として とくに意義があると思います。

2月4日 ふるさとのたからもの見聞ツアー「炭鉱の記憶」編の詳細です。
 期 日: 平成16年2月29日(日)9:00市役所前集合16:00までの予定
 コース: 石炭化石館(模擬坑道)=小野田炭鉱万石、火薬庫、ズリ山=弥勒沢炭鉱資料館=石炭(すみ)の道==昼食(内郷公民館)にて=住吉一坑坑口、扇風機上屋=好間専用線鉄鉄橋、隋道=産業戦士の像=その後意見交換会(内郷公民館にて)
応 募: 往復はがきにて氏名、年齢 性別、пA職業記入の上いわき市地域振興課へ2月19日まで郵送(1枚のハガキに2名まで記入可)応募者多数の場合は20日に抽選の上決定。
その他: 参加費は無料、昼食は各自持参、雨天決行。歩きやすい靴、服装で。
 ガイド役はマップのメンバーがお手伝いします。
1月26日 東京・四谷のDays Photo Galleryで 萩原義弘さんの「巨幹残榮」という写真展が開催されていますが その中に「坑夫の像」「好間炭鉱ズリ山」という好間に残る炭坑の俤を写したものが 他の炭鉱・鉱山等の跡の写真とともに展示されています。2月1日まで
電話 03-3226-6680
1月19日 画家の菊地正男さん(二紀会会員・昨年 平で展覧会開催)を講師に 「炭鉱(やま)に培われた街・人」という講演と意見交換の会が企画されています。主催 好間公民館他 
3月7日(日)1時半より 好間公民館 お問い合わせは 好間公民館長・菊地房一さん(0246-36-2050)までどうぞ
1月8日 (いわき民報・6日)「炭鉱(やま)の案内人」募集 内郷ふるさと振興協議会で ボランティアガイドの募集をしているとのことです。連絡先はいわき市内郷支所市民課(0246-26-2111)
  又、々協議会は 「マップ 内郷たから物見て歩き」のいわき市石炭化石館での販売(1部150円)も 開始したそうです
2003年  
12月5日 本州最後のヤマ・常磐西部炭砿採炭課の旧職制19名の文集「炭砿(やま)の思い出」が発行されました
11月17日 (福島民報14日)内郷ふるさと振興協議会ではボランティアガイド「炭鉱(やま)の案内人」の募集をされているとのことです。
  (福島民報14日)同協議会は 好間を考える会と共催で 炭鉱跡の保存を考える「内郷好間両地区交流講演会」を22日に開かれるとのことです。
10月27日 いわき市平の「エリコーナ」で佐藤忠良展が開催されており 「常磐の大工」を含む代表作が展示されているとのことです(24日付「いわき民報」)
10月27日 いわき市内町小では総合的学習「歴史を探検しよう」で 内郷地区の炭鉱史跡を見て回り、来月 研究発表をするとのことです(24日付「いわき民報」)
10月20日 東京都上野の都美術館で開催中の「二紀展」に 菊地正男さんが 「昭南橋」を出品しておられます。
6月 いわき市での個展に出品しておられたものに 更に筆を加え 完成したものです。
会期は 10月31日までです。
10月10日 この度 好間商工会館の内装工事が完了し、6月の展覧会後 菊地正男さんが寄贈された絵画3点「父と子」「始まる」「三番方入坑」が 展示されたとの御挨拶をいただきました。
9月10日 9月9日いわき市で「早稲田大学常磐炭砿閉山離職者調査研究チーム」と「元常磐労組役職員」との交流懇親会がかいさいされました。昭和46年の磐城砿業所閉山による約5000名の離職者全員のその後の経歴調査に 元労組役職員が協力されることになりました。
8月26日 「内郷ふるさと振興協議会」では「マップ委員会」メンバーによる夕張市視察の計画があるとのことです。
石炭博物館視察と市内の炭鉱遺跡保存活動グループ「シューパロ塾」との懇談が予定されており、期日は9月16〜18日、11名の方が参加されるとのことです。
7月31日 菊地正男さんが 好間商工会に寄贈された「始まる」「父と子」「三番方入坑」は 好間商工会館(電話0246-36-3133)で ご覧いただけるようになっています。    尚、二紀会会員賞受賞作「追憶(100号)」は好間第一小学校で、「父を待つ」はいわき興産且末ア所で ご覧いただけます。
7月22日

 

6月に平サロンで個展を開いてくださった菊地正男さんが、東京芸術劇場B1展示室で開会中(〜23日6時)の「東京二紀展」に 会員として「火力発電所」(F10)を出品しておられます。
7月18日 北海道大学地球環境学科の露崎史朗先生が このホームページをリンクして下さいました。
鉱山跡地の植生も研究対象にしておられるとのことです。尚 お生まれは 高萩市だそうです。
6月30日 6月15日まで 平サロンで開催された「炭鉱(やま)への想い・菊地正男展」に出品されていた 二紀会会員賞受賞作「追憶(100号)」が 好間第一小学校に寄贈されましたが、準備が終わり 24日 校内に展示されました。
 ご覧になりたい方は 平日の昼間(8時〜4時半)に どうぞとの事です。 電話 0246-36-2202
 尚 「父を待つ」は いわき興産梶i電話 0246-36-2106)で ご覧になれます。
6月24日 22日 いわき市石炭化石館で「常磐炭田史研究会」の設立総会が開催されました。
24名が出席し 自己紹介、設立趣旨説明、規約案・事業計画案・予算案・役員の承認がなされました。
出席者は 「常磐炭田史」の編纂に関わった方々、いわき市内の常磐炭田の歴史に関心を寄せておられる有志の方々です。
事業は 会誌の発行(年1回)等。
役員は 会長里見庫男さん 副会長大谷明さん 幹事10名・会計監査2名。
会誌発行を担当する編集委員長は氏家武夫さんです。
事務所は当面 会長宅(いわき市常磐湯本町三函208  0246-43-2191 FAX 0246-43-2256)です。
5月26日

「常磐炭田史研究会」が発足します
メンバーは 郷土史家里見庫男さんを中心に 平成元年に刊行された「常磐炭田史」の編纂に関わった方々、いわき市内の常磐炭田の歴史に関心を寄せておられる有志の方々です。

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21日 いわき市常磐湯本町で 開催された準備会では 事業の中心を年1回の研究誌発行におくこと 622日に設立総会を開催することなどが 合意されました。

5月20日 「新聞記事にみる茨城地域の炭礦と社会 昭和編2」が 炭礦の社会史研究会(茨城大学)から このほど刊行されました。「昭和編2」の対象とする期間は 敗戦直後から1954年までです。このあと「昭和編3」の刊行が予定されているとのことです。 
5月13日 9日の日経産業新聞に「石炭ガス化発電実証へ」という記事がありました。来年 いわき市で着工、2007年操業。電力9社と電源開発が出資するクリーンコールパワー研究所。建設費600億〜700億円だそうです。今でひとかけらの石炭も産出しないいわき市でこのようなプロジェクトが進められるのは 石炭の採掘〜現地消費に努力された先人の余慶だと思ったことでした。
3月28日 東日本国際大学・地域経済研究所年報「地域研究 第6号」(2月20日発行)に 石井英朗教授の書評 「いわき市史・別巻『常磐炭田史』」が 13ページに亘って 掲載されています
3月4日 1月22日にこの欄に掲載しましたが 3日付けの「いわき民報」に「中村亨司さんの絵画展が 明5日まで開催されていると報じられています。
 中村さんは 現在71歳 旧国鉄時代の機関士をされていた方ですが 鉄道に関する作品とともに「戦後日本の復興に貢献してきた炭鉱の歴史」を伝えておきたいと 「自身が貨車を運んでいた常磐炭砿」を描いた作品も 展示してあるとのことです。
2月20日 18日付けの「いわき民報」に 一ページ建ての「新いわき百景 33」として「みろく沢炭鉱資料館」が 紹介されています
大小の写真4枚と記事 渡邊さんのお人柄にまで触れた 暖かい記事です
2月17日
「みろく沢浪漫講演会」が 2月15日(土)内郷 「報徳苑」で開催されました。主催は内郷ふるさと振興協議会、後援いわき市、
講師は石山揚子氏(「常磐炭田の時代」作者)
演題「ヤマに生きた記録・みろく沢浪漫」
約170名の出席者という盛会だったそうです。
1月29日 『炭鉱現場用語解説集』をこのホームページに掲載しました。
「表紙のページから」 又は「出版物のページから」 ご覧戴けます。
炭鉱独特の専門用語をご理解戴くために ご利用ください。
掲載にあたっては 財団法人石炭エネルギーセンターに ご理解・ご協力戴いております。
1月22日 2月24日より 平サロンで中村亨司さんの絵画展「懐かしの昭和」が予定されています。いわき市常磐在住 炭鉱の風景など30数点を展示されるとのことです。
尚、1月16日まで いわき市平在住の江尻亨さんの絵画展があり ここにも炭鉱風景などを描いた絵画が出展されていました。
12月20日 「みろく沢炭鉱資料館写真集」が 第18回報徳出版文化賞(福島県報徳社主催)の優秀賞に選ばれた。「いわき産業の活力となった炭田地帯に働く人々の生活譜が読みとれ、郷土を愛する心が満ちていることが受賞に結びついた」(21日 いわき民報)
12月17日 17日「いわき民報」「新いわき百景・景29」として「青葉弁才天・青葉区」が紹介されています 『炭砿長屋で肩寄せて助け合って生きた・絆は閉山後も続いた』 
12月3日 東京都美術館・白亜会展に 熊坂行夫氏が 炭住を描いた「原風景としての黄昏」を出品されます(12月10日〜15日)
11月29日 「常磐炭田炭礦殉職者慰霊祭」が 11月18日 いわき市石炭化石館の慰霊碑の前で 関係者により 行われました(「じょうばん」11月25日号 常磐興産梶j
11月29日 湯の岳中腹にある「湯の岳山神社」の清掃が 10月18日 関係者により 行われました。春・秋の恒例行事だそうです。「碑」には「山王大神供養 昭和17年3月18日 浅野八郎建立」とあります。由緒をご存知の方がありましたら お教えください。(「じょうばん」11月25日号 常磐興産梶j 
11月18日 (財)石炭エネルギーセンターが 「JCOAL Topics」11月10日号で このホームページを紹介してくださいました。
11月07日 「いわき市史別巻 常磐炭田史」は まだ 残部数があるそうです。ご入用の方は いわき市教育文化事業団(「機関」に掲載)までご照会ください。
10月29日 夕刊いわき民報10月28日に「加納作平翁の略歴碑除幕」という記事があります。
除幕式は 建立した「石炭のふるさとみろく沢の会」(円谷祐一会長)外関係者により 27日 内郷白水町字広畑の作平の顕彰碑の前方に設置された「略暦碑」の前で行われたとのことです。
作平は「磐城炭業の祖」と呼ばれています。
10月18日 常磐炭田の茨城県側の中心であった北茨城市立図書館の図書が 10月よりホームページから検索可能になっています。
10月11日 8月発売の「うえいぶ 28号」に かつて常磐炭砿に発破係員として勤務した作田年徳さんの「手記 忘れ得ぬ炭鉱の体験」が掲載されています。 出版物のページでもご紹介しています。
 9月27日 「炭礦の社会史研究会(茨城大学人文学部地域経済研究室気付)」では、年度末までに出版する予定で「新聞記事にみる茨城地域の炭礦と社会 昭和編 2」刊行の準備を進めています。
「明治大正編」「昭和編 1」に続くもので、 「昭和編 3」で史料集は完了し、以降 通史の編纂にとりかかる予定とのことです。
 8月29日 今度の日曜日9/1に内郷青年会議所主催の「歩け歩け運動」があります。コースは内郷支所(8:00集合  9:00出発)⇒内郷選炭場(金坂)⇒弥勒沢炭鉱資料館⇒白水阿弥陀堂(昼食)⇒内郷山神社の跡⇒内郷支所(15:00 解散) 全長約9Km、参加費無料、どなたでもよろしいそうです。
 8月28日 福島県広報広聴課発行の「グラフふくしま」2002年9月号の「歴史深訪」というページに「燃える石に情熱を注いだ石炭業開発の祖片寄平蔵」という写真入りの2ページにわたる記事が掲載されています。

 8月 6日

福島民報 8月4日 「ワイド」ページ紙面トップに、「『常磐炭田』HP開設、いわきの歴史を紹介、東部石炭懇話会資料、情報をデータ化」という記事が掲載されました。

 8月 6日

いわき市草野心平記念文学館主任学芸員 小野浩氏の「常磐炭鉱の隆盛と衰退」という講座が「いわきヒューマンカレッジ」で 予定されています。
11月29日13時30分より
ティーワンビル内の生涯学習プラザ(電話 0246-37-8888)

 7月30日

 東部石炭懇話会ではボランティアを募集しています。この資料情報の収集及び、ホームページの維持管理をお手伝いくださる方を求めています。関心のある方はこちらまでメールにてご連絡ください。

 7月15日

 いわき地域学会会員 おやけこういち氏が「いわき民報」(平成14年7月12日号)に「いわき発・廃線跡小紀行」の連載を始められましたが、その第一回として「常磐炭砿専用線向田線」を取り上げておられます。

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